iPhoneの素晴らしさとは?
「みんなが待っていたiPhone。」
いいキャッチコピーじゃないですか。
いよいよ日本でも正式発売が始まるという事で、我々のような業界で働く者たちはもちろん、IT業界に関係のない一般消費者の方々もこの日を待っていたという事でしょうか。
業界人から見れば飽和状態の国内モバイル市場にiPhoneがもらたす衝撃は、いったいどのようなものか関心が集中しています。
一般消費者から見れば、まさにこれまでの携帯電話とは全くコンセプトも、デザインも異なるiPhoneは、この夏最も手に入れたい商品の一つになるのではないでしょうか?
このiPhoneを目にすると「機種変」という言葉が妙に古めかしく思える不思議な感覚になります。
いったいどうしてか?
ユビキタスという言葉がかつてあった
明らかに感じる事は、これまでの携帯電話が「電話」の延長として発達してきた物であるのに対し、このiPhoneはMACの延長として発展した製品。
要するにコンピュータ世界の覇者がモバイルを本気で武器にしはじめたのがiPhoneなのである。
もう数年も前から日本では「ユビキタス」という概念が世界のどの国よりも早く着手され、生活の隅々にまでコンピュータ技術を普及させる数々の実験、研究が繰り返されてきた。
確かにTRONプロジェクトをはじめ、日本の取り組みは国内だけでなく世界各国に対しても新しい世界観の提言に一役を担ってきたし、実際にそういった取り組みがこれまでの日本のIT産業を支えてきたのも事実である。
しかしこのiPhoneを見ると、そういった一連の流れとは全く違ったコンセプトを感じる。
IT分野における新製品のキーワードは「機能向上」なのであるが、iPhoneの世界でいう「機能」という言葉のとらえ方は明らかに一般的なIT製品のそれとは違っているように思える。
Macintoshの直系である
20年以上前にかの名機、Macintoshが初めて秋葉原に並んだ時の衝撃を今でも明確に覚えている。
当時私はまだ駆け出しのプログラマだったが、作成していた技術ドキュメントをMacintoshに搭載されていたSuperPaintを用いて作成する事が楽しくて仕方がなかった。
当時の主力パソコンであったNECのPC9801で、発売したてだった「一太郎」で日本語文章を作成し、印刷したドキュメントにMacintoshのSuperPaintで作成した図表をハサミで切り取り、糊付けしたものをさらにコピー機で複写すると、あたかも同じワープロソフトで文章も図表も作ったかのようなドキュメントが仕上がった。
まだ当時はMacintoshは日本語化されておらず、この方法しか日本語文章を用いた書類を作る事が出来なかったためだ。
究極の「カット&ペースト」を用いて作り上げたドキュメント枚数は、恐らく10,000ページを軽く超えていたであろう。
そんな事をしている間に、AppleTalkだ、PostScriptだとあっという間に私のデスクの周りは関連製品で埋め尽くされ、PC9801にはいつのまにかMS-DOSではなくPC-UXがインストールされるようになったのである。
あの頃、Macintoshの処理スピードが遅いとか、すぐにダウンしてしまうとか、ネットワーク機能が弱いとか・・・そんな事は全く気にする事はなかった。
PC9801の信頼性や高性能なCPU処理速度、大きなメモリ空間には魅力を感じていたが、なぜかいつもMacintoshを使用していたのである。
このiPhoneもMacintoshと同じ匂いを感じる。
マルチタスク化した最新の国産携帯電話のスピードや、描画速度とか個々の機能を比べるともしかしたらiPhoneは劣ってしまうかもしれない(まだ触っていないから何とも言えないが)。
しかしそんな事ではなく、このiPhoneでなくてはならない独特のカリスマというか、ユーザーを虜にしてしまう「真の意味での魅力」を感じる。
このiPhoneがどれだけ売れるヒット商品になるのかはわからないが、方向を見失った他のメーカーが外見を似せた類似商品を開発するのだけはやめるべきだし、見たくない。
過去、Macintoshに影響を受けたコンピュータメーカーは、いずれも類似製品を開発しようとしたが今では一つも残っていない。

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