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2011年6月アーカイブ

最近、昔の仲間に会って懐かしい話をする機会が増えました。
学生時代の古い仲間に会ったり、仕事仲間、以前勤めていた会社の仲間に会うと、本当に久しぶりなのにわだかまりを感じることもなく、すぐに打ち解けて、会話が弾みます。

何年も会っていないのに、あるいはお互いに違う環境で仕事をしているにも関わらず、以前以上に親近感を感じながら話ができるって素晴らしいことです。そういう瞬間に、「幸せだな」と感じます。身近にいる人と話すことよりも、何年も会っていない人と話すことが幸せに感じるって、不思議なことですね。

昨晩、お会いした昔の仲間たちには、以下のようなことを話しました。



夢とか、希望とかについて


人間は輪廻転生を繰り返す中で、以前の人生で乗り越えられなかった、学ぶことができなかった事をこの人生でなんとか習得し、さらに向上しようと考えて生まれてくる。スリランカの偉いお坊さんの話によれば、夢とか希望を持つという意味は、実は、その人の魂がまだまだ未熟であることを示しているのだという。

どういうことかというと、真に悟りを開いた(完成した魂)の持ち主であれば、喜怒哀楽すらも超越し、自我という意識すらもなく、生きる目的(学ばなければならないこと)すらも既に無くなっているのだという。
(週刊ダイヤモンド 2011年7月2日号 スリランカ上座仏教長老 アルボムッレ・スマナサーラ)

要するに人生の目的は、魂が今生に生まれ出るとき、既に自分自身が「次は必ずこの事を学びたい」と自ら選んで、人生を決定づけているのですが、完成された魂は、学び残したことがほとんどなくなりますから、言い換えると「人生の目的すらもなく、ただ、毎日をひたすら頑張って生きるのみ」なのだという。

悟りを開き、解脱した魂(きっとお釈迦様のような方ですね)では、既に生きる目的というものさえもないのだという。すごい話です。でも僕らは、そんな悟りを得るまでには、まだまだ遠く、今、与えられている環境の中でいかに自分の生きる目的を見出し、その目的に対してがむしゃらな努力をしていけるのかが重要ですよね。

最近、いろいろな事件があったせいで、こういう話をすることが多くなったのですが、改めて生きる目的について考えてみました。

さて、皆さんは明確に「自分の生きる目的、目標はこれだ」と言い切ることができるでしょうか。漠然としたイメージで、いい家に住みたいとか、お金持ちになりたいとか、いい車が欲しいとか、異性にモテたいとか・・・大抵はそういうイメージ、しかも物欲、情欲、金欲、食欲の延長線上で将来の自分を「想像」しているのではないかと思います。あらゆる宗教では、こういった即物的な欲望を果たすために、生きることを制御することを説いていますが、そうではない精神世界の中で人生の目的を明確に言い切れる魂の持ち主というものはめったにおらず、99%の人間は、物欲、情欲、金欲、食欲の延長線上でしか自分の将来のイメージを想像することができないものです。

私自身も、決して例外ではなく、もっといい生活がしたいな(というか、社員や家族にもっと幸せになってほしい)と考える、まだまだ欲を捨てきれない未熟な人間です。

ただ、欲に向かってただ想像しているだけでは、いつになっても前進することはありません。ブッダのように急に悟りを開き、生活や家族を捨て去って、修行の人生を歩もうなんてこともできません。むしろ、今の、この瞬間の生活そのものが我々にとっての学びの場所であり、日々の生活を通じ(たとえその生活が、欲を追いかけるだけのものであったとしても)、一瞬一瞬の時間を無駄にすることはなく、生活に向き合うことで学びを得ることができると信じております。

今年、日本に激震が走りました。東日本大震災です。私はスキューバ・ダイビングを趣味にしているので、被災地の南三陸町志津川には毎週のように潜りに行っておりましたから、たくさんの友人、知人が、この地域で生活をされておりました。あの忌々しい津波が、志津川の街を飲み込んでいく有様は、それはもう大きな衝撃で、友人・知人の安否はもちろん、これまでの人生はいったいなんだったのか、我々はいったい何のために生きているのか・・・と自問自答を繰り返さざるを得ないショッキングな出来事でした。たくさんの方が亡くなり、たくさんの方が家族や住む家を失い、たくさんの方が自殺の衝動に追い込まれているのだといいます。

こういった大惨事に直面すると、人間は本来持っていた魂の叫びを聞くことができます。
「自分の生きる目的は何か、本当の幸せとはどこにあるのか・・・」

日本人に課せられた使命が明らかになっています。すなわち、完全なる核の撤廃、原子力発電に支えられた生活からの決別です。既にお気づきのように日本は唯一の被爆国です。さらに今回、人類が経験した中で最悪の原発事故を、大地震が原因とはいえ「日本人自身の手で」引き起こしてしまいました。広島、長崎の悲劇はまったくもって省みられていないのです。

今、日本人は自らの愚かさを自覚し、世界に先んじて原子力発電からの完全な離別を目的として生きるべきなのです。もし、その取り組みを本気で行おうとするならば、日本人全ての生活スタイルの改善、より効率的で安全なエネルギー生成方法の研究、より効率的な交通システムや都市機能の追求が必要になります。簡単な話ではありません。しかし、その事を明確な国家プロジェクトとして位置づけ、さらに各分野の企業で研究開発をすることが、将来の日本経済の建て直しに大きな力となるでしょうし、先ほどお話しした「欲しかイメージできない、しかもイメージすらもできない」現代人に、明確な「人生の目的(=夢・希望)」をもたらし、導くことができます。

人間は何度も何度も同じ過ちを繰り返す唯一の生物であると、誰かが言ったそうですが、全人類レベルで向上することが簡単ではなくても、少なくとも自分自身においては、同じ失敗をすべきではないと思います。

先日明るみになった事件においても、二度と同じ過ちを繰り返してはなりませんし、我々のように既に外部で独立起業したOBの方々は、やはり、この事件が示すような反社会的な行動を起こしてはならないと心に誓うべきなのです。

また、個人レベルでいうならば、そもそも自分自身が、真の意味で自分を大切に考えていない、その弱さに気づき、明確な「人生の目的(=夢・希望)」を今すぐ持つべきです。いつかきっと、では、永遠に進めません。今すぐに行動に移さなければ何も変わりはしません。



(この記事は竹内久雄の個人の日記として書いたものです。)

数日前より各メディアで報道されている、ソフトウエア興業株式会社の脱税事件のニュースに大きな憤りとショックを感じています。
私は大学を卒業後、2000年の9月までこの会社に勤務していました。また、役員の一人として営業部門の責任者として働いていました。
なぜ憤りを感じているのか、長文になりますが書き留めておきたいと思います。

私は東京浅草の普通の家庭で生まれ育ちました。父親は紳士服のテーラーを営んでおり、決して裕福ではなかったと思いますが、とても幸せな子供時代を送ることができました。幼少のころから音楽を聴いたり、プラモデルを作ったりと内向的な性格で、どちらかというと公園で遊ぶよりも部屋に閉じこもって音楽を聴きながらプラモデルを作って遊ぶのが好きな子供でした。母親はとても私に愛情を注いでくれて、教育にもとても力を入れてくれた素晴らしい母親でした。おかげで、私は大学を卒業するまで苦労ということも感じることなく、青春時代を満喫することができたのです。

学生時代、楽器演奏や作曲などの音楽活動ばかりをし、卒業したら音楽を仕事にしたいと考えていたのです。ところが卒業する年の春にある出来事があり、急に就職をしようと考えました。実は、この時は、昼間は普通の会社に勤めて、夜は楽器演奏の仕事を続けようと考えていたのです。週刊就職情報という雑誌を始めて購入し、ぱらぱらとめくって目に付いたのが、この「ソフトウエア興業株式会社」でした。

当時、音楽の世界ではMSXというベーシックマシンがはやり始めたころで、既に私はYAMAHA製のミュージック・コンピュータを触っていたので、コンピュータプログラミングという世界に興味を持ち、この会社の面接試験を受けようと考えたのです。(というか、卒業年の2月頃でしたから、その頃新卒採用をまだやっている企業は少なかったのです)

こうしてソフトウエア興業で働き始めたのですが、入社してすぐにショックを受けたのは、100数十人の同期入社の仲間たちから話を聞くと、ほとんどの者が入社半年前からインターンとしてプログラミングの勉強を行っているということでした。私は完全に出遅れたことがショックで、夜に音楽のアルバイトでもしよう・・・なんていう甘い気持ちも吹っ飛び、その晩からは朝方の3時まで、プログラミングの勉強を独学で行いました。

プログラミングという作業は、音楽を作る作業(作曲)に非常に似ていると感じました。とても性に合ったのでしょうか、無我夢中で勉強し、仕事もたくさん担当させていただきました。その頃、主に通信機関連のファームウェアを開発する仕事をさせていただきましたが、毎日寝る暇もないほど忙しいのに、とても楽しかったのを覚えています。

いろいろな技術を身に着け、コンピュータやネットワークの事が分かってくると、自然に新しいことを生み出してみたくなります。どういうことかというと、普段開発用に使用していたNECのPC-9801にはGUI(グラフィックユーザインタフェース)がなかったのですが、当時、上陸したアップル社のMacintosh に憧れ、PC-9801の上にMACライクなGUIを作ってみようと考えたり、Sun Workstationを用いて分散開発環境を構築できないか考えたり、今でいうHTML的なハイパースクリプトを独自に作って、開発用ドキュメントのデータベース化を行ってみようと考えたり・・・それはもう、やりたい放題というか、次から次へとアイディアが浮かび、それを提案書として記述すると、いろいろな方に読んでいただくことが楽しみになってきました。

この頃に「プロポーザル型営業」という新しいスタイルの営業手法の原型を作ったものと記憶しています。

沢山の提案書を英文に翻訳し、飛び込み営業をするために1か月間のアメリカ出張をしたこともありました。毎日、毎日、初めての会社に伺ってはレターと提案書を配り続け、運よくお会いできた方から紹介をいただいては次の会社に伺うという、いわば武者修行のような旅でした。
そういった経験の中から、エンドユーザーを直接開拓するための提案型営業の専門部隊として「営業開発部」を組織し、毎日のように新規開拓のための活動を行い始めたのです。私が30歳の頃ですから、もう18年も前の話です。

その頃、私は夢を持っていました。いや、私だけではなく一緒に頑張ってくれた営業開発部の仲間たちは、それぞれに理想を持っていたし、誇りを持って仕事をしていました。私の夢は、「いつの日か自分たちが作ったシステムが、社会の役に立ち、使ってくれるユーザーの方々が本当に喜んで下さるそんな笑顔をみてみたい・・・」と思っていたのです。

当時の私を知る方々は、全く違う印象を持たれていたかもしれませんが、私は技術者なんです。営業も得意としていましたからセールスマンのようにみられることが多いのですが、私の理想としていた営業スタイルとは、「最新の技術に裏付けされたユーザビリティ性の高いシステムを、お客様の立場に立って企画する」ことなのであり、新しい技術を知っているから仕事をくれなどという押しつけ的な営業スタイルではありません。この「お客様に成り代わって企画~ご提案させていただく」という部分が、現在の当社(インフォメーションタスクフォース株式会社)の主要事業となっているのですが、この仕事は、技術的な知識やノウハウ無しではできません。ですから私は自分を技術者だと考えていますし、現在でもAjaxやらAndroid(TM)アプリケーション、各種ファームウェアなどはプログラミングしています(本当ですよ)。

私がソフトウエア興業株式会社を退職したのは2000年の9月の事ですが、なぜ退職したのかといえば、いろいろな理由があるのですが、一言でいえば、自分の夢や理想とは大きくかけ離れてしまったからです。当時から業容の拡大ということで事業所が毎年のように増え、社員数も数千人規模にまで達していましたが、少しずつ私個人の思い描いていた理想とずれていき、お客様満足度中心の考え方だけでは許されない風潮となっていったように感じます。

そういったことで、徐々にモチベーションを失い、ある日、退職を決意したのでした。あまりにも突然退職を決めたので、当時の仲間たちにはほとんど説明もせず、飛び出してしまったことが今でも心残りです。でも、そうしないと私も退職できなかったと思いますし、それまで身を粉にして働いてきましたから、後輩たちにもそれなりの道筋を作ってあげられたろうと考えていましたし、ソフトウエア興業に対しても、十分貢献してきたので、この際、自分の理想を追求させていただこうと考えた結果の行動でした。もし、当時仲間だった方々がこれをお読みいただけたら、その事をご理解いただき、許していただければと思いっています。

さて、私とソフトウエア興業株式会社との関係は、こうして終焉を迎えたのですが、今回の事件でどうしても憤慨するのは、数千人の社員とその家族、あるいは社員の恋人や友人などに対し、事件があまりにも無責任な内容であることです。

前のブログ記事にも書きましたが、会社というものは社員やお客様、広く考えれば社会に支えられて生かされている存在であるということを全く理解していない。いろいろと憤慨することはありますが、ここは公開ブログですので書かないでおきます。しかしニュースで報じられていることが、もし本当であるならば(もちろん本当なのでしょうけれど)、社会的制裁を受けなければなりませんね。当然だと思います。でも、そうなると社員やその周囲の方々へのダメージもとても大きなものになります。私が憤慨しているのは、経営者たちが方で罰せられるのは当然として、何も罪のない社員や家族、その周囲の人たちが中傷を受けたり、転職に不利になったり、あるいはお子様の進学に不利になったりというようなことが起きないとも限らない忌々しき事態になっているということです。

私は今回の事件をみて、やはり大きい会社の運営では、経営の透明性がなによりも重要であると改めて感じました。そしてドラッガーが説くように「チームとしてのマネジメント」が重要であると強く認識しました。小さな組織では、創設者の意思やビジョン、ポリシーを徹底するためにプライベートカンパニーである事も手法の一つだと考えます。しかし、前にも書いたように、そもそも企業とは社会が必要としている機能として育てられ、生かされるべき存在であるわけで、個人や役員の私的な保有物であってはならないのです。もし、大企業において経営の透明性が欠如した場合には、いつの日か社会の必要性とはかけ離れた存在となり、結果的に破滅する運命となるでしょう。
私自身も自社(インフォメーションタスクフォース株式会社)の経営をより透明なものとし、社会にとって、より必要な存在であり続ける組織づくりを推進していかなくてはなりません。そして日本のICT技術がより高度に反映し、エンジニアの社会的ステータスをさらに向上させる努力をしていく必要があると感じています。

そのためには、今後数年のうちにIPO(株式公開)も視野に入れ、エンジニアにとっての働きやすさを追求し、マネジメント機能を強化することによって支えられる在宅勤務制度の確立に取り組んでいきたいと考えています。

これを読んでいただいている社員の方、是非とも皆さんのお力とアイディアをお借りして、より理想的な職場環境を目指したいと思いますので、よろしくお願いいたします。

また、フリーのエンジニアの方々、あるいは転職を考えられているエンジニアの方々、是非、みなさんの理想や夢をお聞かせください。もし理想や夢が私たちが求めるものと同じであるならば、一緒に目指してみませんか?


連日のニュースをみて驚きを隠せない。
数千人の社員の生活、人生、そして彼らの家族の生活・・・
全てを犠牲にしてまで・・・

会社というものは社会貢献してはじめて存続が認められるものだ。
社会貢献というと分かりにくいが、簡単にいえば、「社会に必要とされる存在」であってはじめて存続できるのだ。
いや、会社組織だけでなく、一人の人間としても同じことが言える。
家族や友人はもちろんだが、周囲の人からみて価値観を認めてもらってはじめて、「個人として認められる」のだ。

一連のニュースをみて、憤りを隠すことができません。
少なくとも私は、このような経営は絶対にあってはならないと考えているし、経営者としてどんなに苦しいことがあったとしても、私たちの会社や一緒に頑張ってくれている社員の方々、社員のご家族、お客様には、このような不義理は絶対にしないと誓いたい。

ICTの最新技術を用いて人々の役に立つ新しい製品や技術を構築すること・・・
こんな素晴らしい仕事をさせていただいている。
本当に誇れる仕事だし、心からこの仕事が好きです。
だからこそ、人生のすべてをかけて、このICT業界で学んでいきたいし、お客様が喜んでくださる笑顔が見たい。

私にとっては今の仕事をさせていただいていることだけで、十分満足だし、自分の使命だと感じています。
今一度、自分の生き方や、仕事に対峙する姿勢を見つめ直して頑張っていきたいと思います。

お金じゃ、人は幸せになれない。
人生の目的がお金儲けだなんて、そんなちっちゃな事であるはずがない。
克己に打ち勝つことが人間として生きる基本的な姿勢なのだと信じています。

ご意見があれば直接私当てまでメールをください。
またはコメントいただいても結構です。
会社のあり方とか、技術者として目指すべきものとか、社会にどうやって恩返しができるかとか・・・
そういったことが議論できたらうれしいです。

※個人、他社を中傷するような書き込みは削除させていただく場合があります。





泣ける映画 「ブラザーフッド」


『ブラザーフッド』は2004年に公開された韓国映画です。 
韓国での原題の直訳は「太極旗翻して」というのだそうで、この「対極旗」というのは大韓民国の国旗のことです。 
朝鮮半島を分断する朝鮮戦争(1950年6月25日 - 1953年7月27日)を描いた戦争ドラマです。

 まず感心するのは、非常に練られた脚本。
「ブラザーフッド」という題名が示す通り、兄弟愛を描いたドラマなのですが、とても素晴らしいストーリー展開で、映画が始まって10分後から、最後のシーンまで、ずっと泣きどおしでした。ストレートに描かれた兄弟愛、家族愛と、同じ民族同士の戦いである朝鮮戦争の悲壮感が絡み合い、感動的なストーリーを構築しています。

映像についても特筆もので、ハリウッド映画を凌ぐ、リアリティ溢れる映像は絶賛に値します。
国際的な賞を受賞しても全くおかしくない大作ではないでしょうか。
是非ご覧いただきたい映画です。



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