皆さんも幼少の頃、アニメや特撮の子供番組をご覧になったと思います。私の時代は、ウルトラマンや仮面ライダーが全盛期だった時代でして、いわゆる完全懲悪のヒーローストーリーに心を躍らせたものです。少年少女のころ、誰もが、何が悪くて、何が正しいのか、人生の求めるべき目標は何なのか、はっきりと認識していたはずです。
世界中の子供たちが同じように、物事の善悪を正確に把握しているはずなのに、なぜ、大人になると何も判断できなくなってしまうのでしょうか。自分自身でも、今日行った行動は本当に正しかったのかと何度も省みるのですが、時に、基本を忘れて我欲を中心に判断してしまったり、お客様満足を無視した判断をしてしまう事があり、とても恥ずかしい気持ちになります。
ヒーローに憧れた少年が、いつの間にか悪の親玉になってしまわないためには、私はコミュニケーションが重要なのではないと思っています。人の魂というものは刺激を欲しているといいます。外部からの刺激によって変化、成長することが魂にとって必要不可欠な唯一のエネルギーだといいます。
よく他人を評価する言葉として、「あの人は優しい人だ」という言い方をしますが、なぜその人が第三者から見て「優しい」と感じるかといえば、その優しさの裏側で、本人がよほどの努力をして、自分のエゴを外に出さないようにしているから「優しい」と評価されて信頼を得ることができるわけです。
「鴨の水掻き」ということわざがありますが、優雅に見える人は、実は水面下では必死に努力をしているのだという意味です。この誰もが知っている、ことわざすらも忘れてしまい、自己のエゴのみにしか価値観を見出さず、「自分が良くならなければ意味がない」などと風潮する愚かな輩が増えております。 こういった、エゴにとらわれた輩は、当然ですが、自然に世の中から排除されていきます。当たり前の話ですが、会うたびに自分の損得の話ばかりされたのでは、話もできません。きっとあまり会いたくない、二度と会いたくないと思われてしまう事でしょう。
エゴの奴隷となってしまった人にとって問題なのは、自分のどの部分が他人にとってエゴに映るのか、本人は全く気が付いていないという事なのです。その為に自分は絶対に正しいとその事を気づかせてくれるのが、コミュニケーションではないかと思うのです。 簡単な話ですが、他人から優しい人だと思われる、立派な人だと思われる、尊敬できる人だと思われる人は、必ず色々な人が声をかけてくるものです。周囲にいる一部の特定の人たちだけではなく、常に初めて会った人とのコミュニケーションが発生し、相手は印象深い人だなと長く覚えていてくれます。常に新しいコミュニケーションが繰り返される事によって、本人も、声をかけた人も魂に刺激が加わり、より一層磨かれて、健全で力強い心を形成していくのではないかと思います。
一個人だけではなく、会社や組織でも同様です。特定のエリアだけで活動していると、どうしても考え方が偏り、基本的な顧客に対する考え方や、ビジネスについてのありかた、サービス精神の健全さが失われていってしまうことでしょう。 ですから、私たちは、いつの間にか自分のエゴの奴隷になってしまわないように、日々努力をし、コミュニケーションを欠かさずに新しい刺激を求めていく必要があります。
何も難しく考える必要はなく、ただ、挨拶を欠かさないようにするべきでは無いかと思います。自分自身から一歩前に踏み出して「おはようございます」、「ありがとうございます」、「よろしくおねがいします」の3つの挨拶を必ず忘れないようにすれば、いずれ相手から心のこもった挨拶をいただけるようになることでしょう。